東京高等裁判所 昭和51年(う)651号 判決 1976年7月14日
主文
原判決を破棄する。
被告人笹川清二を懲役七年に、
被告人鈴木安男を懲役四年に
各処する。
被告人両名に対し、原審における未決勾留日数中各九〇日をそれぞれの右刑に算入する。
押収してある拳銃一丁、脇差二振り、実包三七発、弾頭一四個、空薬きょう一五個は、いずれも被告人笹川清二から没収する。
理由
本件各控訴の趣意は、弁護人横田幸雄作成名義の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、ここに、これを引用する。
控訴趣意第一点について
所論は、原判示第一の殺人未遂の所為につき、被告人らが被害者に対する殺意を棄て同人に対する追撃を断念した直後、被告人笹川が、自己の親友である柳下和夫及び自己の若衆である山田敏夫に対し、被害者を病院に連れて行くように依頼し、これを受けた柳下らが同被告人の意を体し、その手足となって、被害者を病院に連れて行ったのであるから、その所為は同被告人の所為と同一視すべきであり、従って中止未遂に当たるところ、これを否定した原判決は、右事実関係を検討しないため、法令の解釈を誤ったものである、というのである。
そこで、検討すると、原判決は、被告人らの共謀にかかる原判示第一の殺人未遂の事実について、原審弁護人の中止未遂の主張を所論のごとき理由づけをもって排斥している。すなわち被告人らにおいて原判示小田慧を殺害すべく、さらに攻撃を加えようと思えばこれを妨げる事情が存しなかったのに攻撃を止めているのであるから、被告人らの任意の意思により犯行を中止したものと推認されるとしながら、他方、小田は右肩部に長さ約二二センチメートルの切創を受けていたのであるから、そのまま放置すれば出血多量により死に至る危険が存したのに、何らの応急手当さえせず放置していたもので、結果発生回避の真しな努力があったとは認められないので、中止未遂の主張は理由がない、というのである。
ところで、中止未遂は、犯罪の実行に着手した未遂犯人が自己の自発的な任意行為によって結果の発生を阻止して既遂に至らしめないことを要件とするが、中止未遂はもとより犯人の中止行為を内容とするものであるところ、その中止行為は、着手未遂の段階においては、実行行為の終了までに自発的に犯意を放棄してそれ以上の実行を行わないことで足りるが、実行未遂の場合にあっては、犯人の実行行為は終っているのであるから、中止行為といいうるためには任意に結果の発生を妨げることによって、既遂の状態に至らせないことが必要であり、そのため結果発生回避のための真しな努力が要求される所以である。
本件についてこれをみてみると、原判示関係証拠に、当審における事実調の結果を併せ考えれば被告人らは、原判示の動機から原判示小田慧を殺害することを共謀し、被告人笹川の意をうけた被告人鈴木が、原判示刃渡り約五二センチメートルの日本刀を振り上げて被告人らの前に正座している小田の右肩辺りを一回切りつけたところ、同人が前かがみに倒れたので、更に引き続き二の太刀を加えて同人の息の根を止めようとして次の攻撃に移ろうとした折、被告人笹川が、同鈴木に対し、「もういい、安(被告人鈴木の意)いくぞ」と申し向け、次の攻撃を止めさせ、被告人鈴木もこれに応じて小田に対し二の太刀を振り降ろすことを断念している事実が認定できるのである。そして、右証拠によれば、被告人らとしても、右被告人鈴木が小田に加えた最初の一撃で同人を殺害できたとは考えず、さればこそ鈴木は続けて次の攻撃に移ろうとしたものであり、小田が受けた傷害の程度も右肩部の長さ約二二センチメートルの切創で、その傷の深さは骨に達しない程度のものであった(医師三田盛一作成の小田慧に対する診断書)のであるから、被告人らの小田に対する殺害の実行行為が原判示鈴木の加えた一撃をもって終了したものとはとうてい考えられない(なお、原判決は、右鈴木の加えた一撃により小田は出血多量による死の危険があったというがこれを認めるに足りる証拠はない。)。してみれば、本件はまさに前記着手未遂の事案に当たる場合であり、被告人らとしては、小田を殺害するため更に次の攻撃を加えようとすれば容易にこれをなしえたことは原判決もこれを認定しているとおりであるのに、被告人らは次の攻撃を自ら止めているのである。そして、被告人笹川が、被告人鈴木に二の太刀を加えることを止めさせた理由として、被告人笹川は、司法警察員及び検察官に対し、「小田の息の根を止め、とどめをさすのを見るにしのびなかった」「小田を殺してはいけない……懲役に行った後で、子供四人と狂っている妻をめんどうみさせるのは小田しかいない、小田を殺してはいけないと思い……とどめを刺すのをやめさせた」と述べているのであって、かかる動機に基づく攻撃の中止は、法にいわゆる自己の意思による中止といわざるをえない。又、被告人鈴木においても、被告人笹川にいわれるままに直ちに次の攻撃に出ることを止めているのである(なお、被告人笹川が原説示の柳下和夫らに小田を病院に連れていくよう指示し、小田が直ちに国立埼玉病院に運ばれ治療を受けたことは原判決に示すとおりである。)。
してみれば、被告人らの原判示第一の殺人未遂の所為は刑法四三条但書にいわゆる中止未遂に当たる場合であるのに、これを障害未遂と認定した原判決は事実を誤認したか又は法令の解釈を誤った違法があるものといわざるを得ない。そして、中止未遂の場合には、法律上その刑を減軽又は免除することになっているから、その誤りは、判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は結局理由がある。
よって、その余の論旨に対する判断を消略し、刑訴法三九七条、三八二条、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い被告事件につき更に判決する。
原判決の罪となるべき事実のうち、「じ後の追撃を断念したため」とあるのを「じ後の追撃を任意に中止したため」と訂正し、証拠の標目中、原判示第一の事実につき、被告人両名の当審公判廷における各供述及び証人柳下和夫の当審公判廷における供述を加え、法令の適用中、被告人両名について、原判示第一の罪につき、それぞれ刑法四三条但書、六八条三号により法律上の減軽をする(ただし被告人鈴木については一回法律上の減軽をする)ほかは、原判決と同一であるから、ここに、これを引用し、その処断刑期の範囲内において量刑すべきところ、被告人両名は、原判示の各累犯前科のほか、暴行、傷害その他の罪によりたび重なる処罰を受けているのに、又も本件各犯行を敢行したものであって、その犯行の動機、経緯、態様、ことに、原判示第一の所為は無抵抗の被害者に対するものであり、第二のそれは白昼被害者の居宅に押しかけ拳銃を用いて行った殺人行為であること等を勘案すると、その各刑責は軽視することができないけれども、被害者らにおいても責められるべき事由がなかったわけではなく、幸いにして同人らの受傷の程度も思いのほか軽く、全治し、ことに、被害者小田慧に対する犯行は中止未遂に終っていること、被告人鈴木の立場は、被告人笹川の犯行に従属的なものであったこと、その他被告人らの各年齢、経歴、家庭の状況、更生の意欲のあることなど被告人両名にとって量刑上有利な又は同情すべきすべての情状をしんしゃくしたうえ、被告人笹川を懲役七年に、被告人鈴木を懲役四年に各処し、原審における未決勾留日数の算入につき刑法二一条を、没収につき同法一九条一項一号、二項を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 谷口正孝 裁判官 金子仙太郎 小林眞夫)